『いのうえ』180年の歴史
『いのうえ』180年の歴史
『いのうえ』の歴史は古く、始まりは文政11年(1828年)にまでさかのぼります。 初代井上初次が久留米(現福岡県久留米市)にて、かんざし、キセルの製造・販売を始めたのがその始まりでした。創業当時からその細工の丁寧さ、表現力の豊かさには定評があり、何よりお客様の事を第一に考えるその仕事ぶりで高い評価を受けてきました。その後、本拠地を福岡市の川端に移し、現在の『いのうえ』の基礎を築いていくことになるのです。 |
『伝統の継承』と『現代感覚との融合』
『いのうえ』が現在のように装飾品を本格的に手がけるきっかけが訪れたのは、5代目井上恵二が社長を務めた、戦後しばらくしてからの事でした。 当時、福岡の板付基地(現福岡空港)にはまだアメリカ空軍が駐留しており、数多くのアメリカ兵が基地内で暮らしていました。ひょんな事から一人のアメリカ兵を紹介された恵二は、そのアメリカ兵から結婚指輪の制作を依頼されます。しかし、戦後間もない日本では金や銀などの貴金属はとても稀少で、簡単に入手できるものではありませんでした。それを聞いたアメリカ兵は、自分のベルトのバックルや愛用していた金のライターを差し出したのでした。 |
これに感動した恵二は、遠い異国の地で結ばれる二人が幸せになれるように、心を込めて結婚指輪を作り上げます。その繊細な細工と美しい造形は、たちまちアメリカ兵の間で評判となり、恵二の元に次々と指輪の制作依頼が舞い込んで来るようになったのでした。 こうして恵二は、近代ジュエリーの制作・加工技術に磨きをかけ、いつしか「職人」と呼ばれるまでに成長していったのです。
福岡で生まれ、長い歴史と信用を脈々と受け継ぎ、宝飾品・高級時計の専門店として高い信頼を受けています。と申しましても、「いのうえ」は従来の単なる専門店にとどまるものではありません。 国際軸で考え、行動する。世界を結ぶ海外ネットワーク。宝飾品・高級時計の生産地や情報の中心地と「いのうえ」を結ぶネットワークは、それぞれの情報をリアルタイムで交換し、円高にも素早く対応して、売れ筋商品の仕入れチャンスも販売チャンスも逃しません。独自の海外・国内のネットワークによって、品質特性と価格とで消費者の満足を得られるパフォーマンス・バイ・コストでも、かなりの自信を持つにいたりました。 |
すべてのお客様に真心のこもったおもてなしを
「いのうえ」のお客様には、必ず選任のスタッフがご対応させていただいております。中には、お父様・お母様、お子様、そしてお孫様、と三世代に渡って同じ販売員が担当させていただいているお客様もいらっしゃいます。 世代を超えてお付き合いいただき、その方に最も適したジュエリーをご提案できる専門家、「かかりつけのお店」として、豊富な商品数と魅力的な価格の中から、高品質・納得価格のジュエリーや時計を真心と共にお届けしています。 |